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           トルコでトーク番組を立ち上げた 高野あゆ美さん(35)

 (イスタンブール共同通信=及川仁)

毎週日曜日の読み物として海外で活躍している日本人を紹介する「最前線」。今回はトルコのイスタンブールに住み、自ら企画から司会までこなすトーク番組で人気の高野あゆ美さんです。トルコの文化やライフスタイルを外国に紹介するとともに、トルコと日本の懸け橋になることがライフワークという高野さんを紹介します。

     

 《「トルコと日本の文化交流 懸け橋になるのがライフワーク」》

 洋装品、宝飾品の一流ブランド店が軒を連ね、オープンテラスのレストランで人々がビールやワインのグラスを傾ける。ボスポラス海峡を隔てた向こうは欧州。トルコの最大都市、イスタンブールのバグダッド通り。イスラムの象徴とされるスカーフ姿の女性が時々行き交うのを別にすれば、ここが国民の99%がイスラム教徒の国だということを忘れてしまいそうだ。

 喧噪(けんそう)を逃れた裏通りのカフェに座ると、高野あゆ美(35)はサングラスを外し、流暢(りゅうちょう)なトルコ語でウエーターにコーヒーとサンドイッチを頼んだ。

 ■最も有名な日本人
 宗教、習慣の全く異なるトルコで女優、芸能人としてキャリアを重ねて11年。9月に始まった今年のラマダン(断食月)まで、民放「チャンネル24」で毎週月曜夜の30分、トルコに暮らす外国人を招きトルコ社会、文化について軽妙なトークを交わす番組「トゥルキエ・デ・ヤシャマク(トルコで暮らす)」を担当した。企画、演出、司会から編集まですべてを独りでこなし、迎えたゲストは米国、キューバ、ロシア、中国などの60人近くに及ぶ。


 「他の国の文化を退屈せずに学ぶことができる」「これまで全く知らなかった日本人、日本文化に共感することができた」など、視聴者の評判は上々。高野は今、政治家から庶民までトルコ人の間で知らない人はいない、最も有名な日本人だ。

 ■バランス感覚
 日大芸術学部在学中からモデルを中心に芸能活動をしていた高野は、仕事と学業の合間を見つけてはリュックを背負い、世界各地を精力的に旅行した。

 そんな高野がトルコを初めて訪れたのが1997年。トルコの映画会社で働く日本人女性から映画の中国人役を紹介されて応募、出演した映画が大ヒット。以来、映画や舞台への出演依頼が引きも切らず舞い込む。

 イスタンブールのマルマラ大学放送学科に進み修士課程を修了、語学に加えトルコを完璧(かんぺき)に理解しようとする努力も怠らなかった。

 「荷が重い時もあったけど、ここで活動する、ただ1人の日本人女優として赤点を出したくない。立ち止まって振り返る余裕はなかった」

 2004年からは料理番組「アユミの特別な味」を1年半、全120回担当。夢中で仕事を続けるうち、トルコにすっかりはまり込んでいた。

 「イタリア人などトルコ語ができる外国人タレントは多いが、アユミはその中でも、トルコが外からどう見えるのか、一番いい分析ができる頭の良い芸能人だ。トルコと日本のきずなを強める、大きな役割を果たしている」

 「チャンネル24」創始者の1人で「トルコで暮らす」のプロデューサーでもあったムスタファ・ホシュ(42)は高野のバランス感覚を高く評価する。

 ■建前と本音
 政治と宗教が密接に絡むイスラム圏で、トルコは厳格な政教分離を国是とする極めて特異な国だ。へそを出したTシャツ姿の若い女性が笑顔で目抜き通りを行き交い、海峡を臨む公園では恋人たちが肩を寄せ合う。イスタンブールの日常は一見、欧米や日本と変わりない。だがトルコと付き合い、言葉が分かるようになればなるほど、独特の社会性、宗教と世俗の激しいせめぎ合いが見えてくる。

 トルコでは大学でのスカーフ着用が禁止されていたが、2002年に政権を獲得したイスラム色の強い公正発展党(AKP)が昨年、解禁に乗りだした。政教分離護持を掲げる世俗派エリート層は強く反発。一方ではスカーフの一律締め出しは人権侵害との指摘もあり、激しい論争が続いている。

 「アユミはイスラムに改宗しないの」。地元メディアやファンからのメールで「必ずと言っていいほど」出てくる質問だ。高野にイスラムに改宗するつもりはない。トルコ人女優がギリシャ人男性と結婚してイスラムからキリスト教に改宗、大スキャンダルとなったが、親元にまでマスコミが押し掛ける様子に、高野は違和感を覚える。

 「改宗すれば喜ばれるのは分かる。でも芸を売る人間が宗教を利用するのは反則と思う」

 ホシュは「アユミは経験を重ねていい番組制作者になってきた。彼女にはテレビの世界でもっと外国人の目から見たトルコの文化、ライフスタイルを紹介していってほしい」と期待をかける。

 ■人生の3分の1
 高野は昨年亡くなった母親の法事で今夏、一時帰国し、買い物に出掛けた秋葉原で無差別殺傷事件の犠牲者への献花台を見た。悲劇はあったが「日本は性善説を信じている人の国。人々はまだまだ他人を信じようとしている」と断言する。

 仕事や友人など「すごく周りの人に恵まれた」トルコだが、高野はここではなお他人に対する警戒心を解くことができない。

 それでも、気が付くと既にトルコで「人生の3分の1を過ごした」。「今後はトルコと日本の懸け橋として、相互の文化の紹介をライフワークとしていきたい」。高野の中でこんな願いが固まりつつある。(共同)
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  ■トルコの宗教政策 一時はアラビア半島、北アフリカをも領土とし、600年以上イスラムの盟主として君臨したオスマン帝国は、第一次大戦で近代的な産業、軍備を背景にした欧州列強に敗北。軍人としてトルコを民族存続の危機から救ったケマル・アタチュルクは国王を追放し、1923年に徹底した政教分離を国是とするトルコ共和国を建国した。政教分離は近代化に寄与したが、イスラム女性の象徴とされるスカーフの大学での着用禁止などについて、人権侵害との批判も出ている。