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語り継がれる日本人の記憶/沈没トルコ艦乗組員の子孫

(イスタンブール共同=及川仁)

百年以上前の明治時代、和歌山県串本町沖で遭難、沈没したオスマン帝国の軍艦「エルトゥールル号」から、乗組員の遺品を引き揚げるための調査が始まった。乗組員約六百五十人のうち、救助されたのはわずか六十九人。生存者を介抱し、祖国トルコへ帰るのを助けた日本人の記憶は、乗組員の子孫に今も語り継がれる。

 「助けてもらった祖父は、日本の漁民に手厚く面倒を見てもらったと、子供のころ祖母がよく話していました」

 エルトゥールル号の下士官の一人だったメメト・アリ・フセイン氏の孫娘メリケ・アウクトさん(80)は、紋付きはかま姿の祖父の写真を差し出した。はかまは遭難の直後、地元の日本人から贈られたものだという。

 エルトゥールル号は一八九〇年六月、横浜港に入港した。明治天皇のおい、小松宮親王夫妻が八七年、イスタンブールを訪問したことへの答礼使節団を乗せた航海だった。一行は日本で大歓迎を受け、約三カ月後、帰国のために出航したが、九月十六日に串本町沖で台風に遭い、岩礁に衝突、沈没した。

 その際、地元住民が生存者を献身的に介抱し、明治天皇をはじめ政府も全面的に支援。生存者らの帰国には日本の軍艦「比叡」と「金剛」が使われた。

 エルトゥールル号の歴史を取材しているトルコ紙ワタンのトゥールル・トゥナリギル記者は「沈没したのが軍艦だったから、さほど世間の耳目を集めなかったのかもしれないが、タイタニック号遭難に匹敵する悲劇だった。トルコと日本の友好の原点にもなった」と話す。

 串本町沖で遺品の引き揚げを行うのは、トルコの民間研究機関、海底考古学研究所。今年一月に調査を始め、三年がかりの作業になる見込みだ。

 引き揚げ作業を資金面で支援するトルコの会社社長、ギライ・ベリオール氏は「私自身、日本・トルコ関係の歴史上、重要だったこの出来事について十分知らなかったことを恥じている」と語り、遭難事件を伝える本を出版する予定。遺品引き揚げは、トゥナリギル記者による特集記事が掲載されるなど、トルコでも注目を集める。

 乗組員の子孫約二十人は一月三日、イスタンブールに集まった。「祖父をとても誇りに思っていた母に、引き揚げ作業を見せてあげたかった」。エルトゥールル号幹部乗組員の孫、ユルケル・アクタンさん(63)は、祖国を遠く離れた海底に沈んだ祖父ゆかりの遺品の引き揚げに熱いまなざしを注いでいる。